子宮に触れて、自分の本音と出会い直す
- 4 日前
- 読了時間: 4分

私にとって子宮は、臓器というだけでなく
心や感情、機嫌、気分のような存在です。
自分では気づいていなかった感情を、子宮が正直に表してくれているように感じることがあります。
子宮がいつもより重く、下がっているように感じたとき、
「ああ、本当は嫌だったんだな」
「本心とは違うことをしていたんだな。ごめんね」
と、自分の気持ちに気づくこともあります。
だから私は、子宮と向き合うことは、自分の感情や本音と向き合うことでもあると思ってきました。
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言葉では、たどり着けなかった気持ち
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私は正直、自分の気持ちや感情と向き合うことが苦手です。
誰かに言葉で指摘されると、反発したくなったり、考えすぎて、何が自分の本当の気持ちなのかわからなくなったりします。
そんな私が、置き去りにしていた気持ちと出会い直し、
「もっと自分を大切にしたい」
と思えたのは、誰かの言葉に納得したときよりも、施術で身体に触れてもらったときだったように思います。
優しく触れてもらう中で、身体がゆるんでいく。
すると、考えるよりも先に涙が出たり、
「本当は、つらかったんだ」
「本当は、嫌だったんだ」
と、自分でも気づいていなかった気持ちが出てくることがありました。
私にとって身体に触れることは、頭で考えて答えを出すこととは違う形で、自分自身と向き合うための入り口だったのだと思います。
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自分の子宮には、どう触れている?
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そんなことについて話していたとき、
「じゃあ、自分自身の子宮には、どう向き合っているんだろう」
と問われて、ハッとしました。
薄々気づいていたことではあったけれど、今振り返ると、どこかで自分自身から目をそらしていたのだと思います。
クライアントに施術するとき、私はその人の身体に触れながら、子宮の状態を丁寧に感じようとします。
今、どんな状態なのか。
そこにどんな感覚があるのか。
手を通して感じながら、その人の身体と向き合います。
自分の子宮に触れるときも、位置や硬さを確認し、そこから自分の感情に気づくことはありました。
けれど、クライアントの身体に触れるときほど、繊細には向き合えていなかったと思います。
自分の子宮の位置を確認して、気になるところがあれば短い時間で整える。
感じて寄り添うというよりも、ただ位置を直す作業のようになっていました。
人の子宮には丁寧に触れようとするのに、自分の子宮には、同じようにできていなかった。
そう気づいたとき、出てきたのは、
「ごめんなさい」
という気持ちでした。
子宮への向き合い方は、自分の感情への向き合い方にも似ているのかもしれません。
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子宮に触れることは、自分に触れること
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子宮に触れることは、位置や硬さを確認し、整えることだけではありません。
今、どんな感じがするのか。
そこに触れたとき、どんな気持ちが浮かんでくるのか。
すぐに答えが出なくても、ただ手を当てて、そこにある感覚を待ってみる。
それは、置き去りにしていた自分の気持ちに、もう一度触れる時間にもなるのだと思います。
自分一人では、身体や感情に丁寧に向き合えないこともあります。
そんなときは、誰かの手を借りながら、自分の中で起きていることを感じてもいい。
誰かに触れてもらうことで自分を大切にできたのなら、それもまた、自分と向き合えた時間です。

子宮ケアは、生理や妊活のためだけにあるものではありません。
生理があるかどうか、妊娠を望んでいるかどうかにかかわらず、自分の身体に意識を向け、置き去りにしていた気持ちと出会い直す時間になることがあります。
私にとって、子宮に触れることは、自分自身に触れること。
私もこれからは、ただ整えようとするのではなく、
「今日は、どんな感じ?」
と、自分の子宮に問いかけながら、もう少し丁寧に触れていきたいと思います。
あなたは今日、自分の子宮に、どんな言葉をかけてあげたいですか?
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